Amboyna's Color

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彼方の物語

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人影のまばらな桟橋についてすぐ、

彼女は宿に腕時計を忘れた事に気がついた。

大切な思い出が宿った時計だった。

取りに戻ろうかという気持ちがふわりと浮かんだが、

桟橋を中程まで歩き進むと、何故だかそんな気持ちも消えてしまった。

そして今日ぐらい、せめてあの夕陽が沈んでしまうまで、

いつもより少しだけ軽い左手のままでいてもいいかなと、

彼女は思った。




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黄金色に染まる水平線を眺めながら、

彼は彼女と初めて手をつないだ日の事を思い出そうとしていた。

遠く島影を疾り抜けてゆく帆船を目で追いながら、

彼女は握りしめた彼の手の指を、飽きる事なく数え続けていた。

朽ちた桟橋に、言葉を失った二人の影だけが長く伸びていった。




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古い桟橋の先端で、二人は微笑んだ。

出逢ってからまだ半日も過ぎてはいない。

お互いの素性も、仕事も、年齢すらまだ知らない。

なのに、まるで古くからの親友のように

二人の間に語る言葉は尽きることがなかった。




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初めて見る南の島の夕陽は、どこか恐ろしかった。

昼間家族と遊んだ、光に溢れた蒼い海はもうどこにも存在していない。

少年にとって沈む夕陽は、楽しい旅の興奮を容赦なく連れ去ってゆく、

巨大な怪物の最後の断末魔のように見えてならなかった。

夕陽に背を向けた少年を、遠くで父親の影がやさしく手招いていた。




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黄金色に包まれた海辺の片隅で、

私はそんな空想のシャッターをそっと下ろす。

目の前に広がった夕陽の桟橋ではそれぞれの現実が息を吹き返し、

4つの物語はレンズの奥底へ静かに消えていった。




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by amboina | 2010-08-14 05:48 | 八重山

頭の中の地図を歩く

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今日は何処を歩こうか。

墨のように濃い影を落とす宿の縁側に座り、

抜けるような青空を眺めながら、

頭の中で島の地図を広げた。




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宿は集落の東にあった。

宿を出て左に曲がれば島唯一の郵便局だ。

郵便局をさらに左に曲がれば、

細い畦道が遠い南の浜へと伸びている。




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宿を出て右へ歩いてゆけば、

島の集落の中心へ向かう迷路のような石垣と、

花の咲き乱れる白砂の街路が広がっていた。




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赤瓦が連なる家並みを抜け、

八重山そばが名物の食堂を通り過ぎ、

そのまま西の集落を越えて歩き続ければ、

古びた桟橋に続く木陰の回廊が見えてくるだろう。




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桟橋から岩場を伝って海岸沿いを歩けば、

南国の離島の夏を満喫する多くの観光客で溢れた

素晴らしい景観のビーチへと辿り着く。




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白い砂浜を静かに洗う波音。デイゴ並木を抜けていく風。

観光客の漕ぐ自転車の軋み。単調な水牛の足音。

そうして頭の中の地図をなぞっていくと、

此処にはない島の音達が耳の奥でざわざわと囁いた。




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影の向こうは煮え立った真夏の大気が揺らいでいる。

宿の庭に差し込む真夏の陽射しはゆっくりと、

しかし確実に涼しい木陰の領分を蝕みつづけている。

影と日向の境界線をまたいだ足の甲が焼けるように熱かった。




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さて、今日は何処を歩こうか。




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by amboina | 2010-08-11 15:19 | 八重山

鏡の中の世界

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鬱蒼と茂った森の木陰の片隅に、

丸く切り取られた街角がぽっかりと浮かんでいる。




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すっきりと晴れ渡った空の真ん中で、

流れる雲と長い一本道が丸い世界の地平へ消えてゆく。




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それはまるで、場違いに掛けられた一枚の絵のようであり、

放り投げたまま落ちてこないパズルのピースのようだ。




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光と影が強烈な輪郭を生む島の午後。

鏡を眺めていると、そんな不思議な錯覚に陥ることがある。

それは僅かな時間、偶然開いた小さな窓から

此処とは違う別の世界を覗き見る感覚に似ていた。




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集落の外れの十字路で二枚のカーブミラーを見上げる。

片側の世界から走ってきた車は、私が立っている世界をひょいと飛び越えて、

もう片側の世界に飛び込み走り去って行った。




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埠頭の外れに停められた作業車の運転席には、

人影も疎らな午後の港の風景が二枚、静かに貼り付いている。




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誰が置いていったのか。

ひびの走ったサイドミラーの中、微妙に歪んだその世界の中心に、

封印されたもうひとつの夏が陽炎のように揺らめいていた。




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by amboina | 2010-08-05 06:09 | 八重山

真昼の花火

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それは最初、小さな焚き火のように見えた。

西の集落の中心近く、島の歴史を集めた収蔵館の庭先に

細かな炎がちらちらと揺らめいている。




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太陽は天頂に昇り、気温は28°を超えていた。

そんな茹だるような真夏の盛りに、まさか焚き火はなかろうと歩み寄ると、

遠くで火の粉に見えたのは、ハナチョウジという花の群生だった。




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広い庭の入り口に置かれた大きな水瓶に頭を垂らし、

まさに燃え盛る火の滝のごとく、赤々と花達は咲き誇っていた。

ひとつひとつは数センチ足らずの細長い花である。

しかし鮮やかな緑の茎を埋め尽くす無数の赤い花房が、

群生全体を散り砕ける火花のように見せていた。




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風が吹き、水瓶のふちで花と茎がさわさわと乾いた音を立てる。

手を伸ばし触れてみると、蜜を溜めた花々は重く、

しっとりと指先を滑ってこぼれ落ちた。




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風に揺られ陽に輝きながら

深い水瓶の奥の闇にゆっくりとしなだれ落ちるその姿は、

まるで夜を待てない線香花火のように見えた。




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by amboina | 2010-08-02 01:54 | 八重山