Amboyna's Color

しんめいなぁび

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裏庭の片隅。

石積み塀の壁脇で朱色の炎が閃いていた。

ドラム缶を切り出した錆だらけの火炉の上には

巨大な鍋が据え置かれている。




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表の庭では何升もの餅米が計られ、

器となる「はまゆう」の茎を剥き、

御盆台に油を塗るなど着々と準備が進んでゆく。




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島の祭りには欠かすことができない供え物。

「イイヤチ」と呼ばれる家族総出の餅作りが始まるのだ。




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大鍋が煮立ち、大量の餅米が湯の中に沈むと、

矍鑠とした手がゆっくりとそれを混ぜ、神妙に火加減を見極める。

経験豊かな老母の目が、もう何十年もそうしてきたように

炊き合わせる黍や小豆を入れる頃合いを見計っていた。




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ふんわりとした米の香りが辺りを漂ってゆく。

やがて老母の合図で表の庭に運ばれた大鍋を

船の櫂にも似た木べらを手にした男達が囲み、

寸刻も逃さぬとばかり、声を合わせつき捏ねはじめる。




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皆が声を合わせていた。

家の者も、通りかがりの見物客も、そして私でさえも。

威勢よく捏ね上げられた餅は冷えて固まらぬうちに器へと盛られ、

楽しげな女達の手で瞬く間に形を整えられていく。




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お裾分けにと渡された餅の残りを手に、ふと屋内を覗くと

宿の老夫婦が無邪気に言い争いながら餅を切り分けていた。

縁側では子供達が鍋の底に残った餅煎餅を美味しそうに頬張っている。




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見上げる空には怪しい雲が広がり、雨の気配は濃い。

それでも微かに漂う燠火と餅の香りに包まれて、

私は早くも祭りの空気の中にしっかりと、足を踏み込んでいるのを感じていた。

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# by amboina | 2010-10-28 12:09 | 八重山

神々の舵音

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遠い海鳴りのように、

島に祭りの気配が充ちはじめる頃。




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祭場となる御嶽とその庭は丹念に掃き清められ、

新しい浜砂が敷かれ、幕舎が張られ、

凛とした空気がゆっくりと研ぎすまされてゆく。




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夜ごと公民館や集落集会場で繰り返される

奉納芸能の稽古も熱を帯び、

若者達の威勢の良い掛け声と

長老達の指導の声が高らかに夜空へと響き渡る。




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一年で最大の、そして島にとって最も大切な祭りが

すぐ目前に迫りつつあった。




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深淵から沸き上がるような神然とした空気。

寄せては返し、吹いては止む波や風のように、

高鳴り静まり、また膨らんでゆく高揚感。




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待ちわびながらも、畏れ。

畏れながらも焦がれる祭りへの情熱が、

行き交う島人達の顔に溢れている。




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今夜も集落の近く遠くから、太鼓の音が響いてくる。

大きく小さく、擦れながらも止まないその音はまるで、




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遠い常世の国から海を超えてやってくるという、

来訪神達の船の舵音のように聞こえた。




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# by amboina | 2010-09-29 19:24 | 八重山

海からの贈り物

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強い陽射しが落ちる島の外れ。

深紅のブーゲンビリアが咲き誇る一軒の庭の奥に、

その店はそっと控えめに門を開けている。




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石積みには『Island』と彫り込まれた手作りの看板。

軒先には塗り潰したような濃い影が落ち、

真新しい赤瓦の下でシンプルな暖簾が海風に揺れていた。




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店内に足を踏み入れると、淹れたてのコーヒーの香りが鼻孔に満ちてくる。

そして柔らかな灯りを投げかけるシーグラススタンドの向こう側から、

変わらない素敵な笑顔が私を迎えてくれた。




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『Island』。島で唯一のハンドメイドアクセサリーの工房である。

貝殻など自然の素材を生かして見事な作品を生み出すこの工房は、

私が島を訪れるとどうしても足を運びたくなる場所のひとつだった。




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珊瑚が敷き詰められた心地よいレイアウトの店内には、

オーナーが長い時間をかけて集め続けた膨大な貝殻コレクションと、

想像力豊かなクラフトマンシップ溢れる唯一無二のアクセサリー達が、

オレンジ色の柔らかな照明に照らされ所狭しと並んでいる。




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なにより此処で私の目を奪うのは夜光貝を使ったアクセサリー達だった。

巨大な夜光貝から切り出されたパーツは時間をかけて磨き込まれ、

オーナー自らアジア各地で探し求めた細工品と巧みに編み合わされ融合する。

そしてひとつとして同じものはないのだ。




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一点一点こだわり抜いて生み出されたデザインもさることながら、

貝がもつ独特の質感とその艶かしい光沢が私を強烈に引きつけてやまない。

見る角度によって変わる色合いは、さながら真珠のようでもある。




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飽きず新作を眺める私の前に、オーナーはそっとコーヒーを置いた。

そして細かな作業の手を少しだけ休め、にこやかに語りかけてくれる。

その言葉には世界を旅して渡り、この島を自らの場所と定め、

あるがままに生きるための努力を決して惜しまない彼ならではの、

確かな自信がみなぎっていた。




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そして、その笑顔は、

愛して止まない海からの贈り物達に囲まれて過ごす

満ち足りた時間に溢れ眩しく輝いていた。

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# by amboina | 2010-09-21 18:03 | 八重山

蒼 茫

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遠くの森がざわめき始める零時過ぎ、

街灯が照らす灯色の道を辿ってひとり集落を抜け出した。

宿の庭では旅人たちの会話がまだ賑やかに続いている。




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月は高く天頂にあった。

流れる雲の合間からは、微かにこぼれるような星空が覗いている。

足の向くまま、真昼のように明るく浮かび上がった長い下り道を降りてゆくと、

そこにはひっそりと静まり返った蒼い夜の港が広がっていた。




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観光客が行き交う昼間の喧噪は、そこにはない。

夜景見物の宿泊客も、夜釣りに勤しむ島人の姿も見当たらない。

静かな月の光の下に照らし出された港の全景はまるで、

昼間の太陽に墜ち伏せられた巨鳥の骸のようだ。




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赤瓦を載せた東屋が防波堤に向かって虚ろに伸び、

真っ白な浮き桟橋が細波に揺られて微かな軋みを響かせている。

その遥か海を隔てた対岸には眠らない主島の灯りが瞬いていた。




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そして一面の蒼の世界だった。

耳を貫く静寂に満ち満ちた蒼の世界である。

流れる雲間から月光が落とす影が足下で揺ぎ、

今にも蒼の中へ融け消えそうに震えている。




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昼間の熱が残るコンクリートの上に座り込み、

私は夜の気配を深く吸い込んでみた。

肺の奥まで染めかねない、その濃密で温かい大気は、

強い潮の香りと微かな錆の香りに満ちていた。




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振り返ると、背後の島影の奥底に集落の灯りが小さく浮かんでいた。

蒼一色に沈む世界に灯る温かなその灯りが、

けっして戻ることができない遠い星の瞬きのように見えて

どこか恐ろしかった。




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# by amboina | 2010-09-15 14:27 | 八重山

永遠の一秒前

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夕陽見物で賑わういつもの桟橋に背をむけて、

宿で借りた軽自動車に乗り込み東の海岸をめざした。




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舗装の剥がれた放牧地の一本道を進み続け、

鬱蒼と繁った御嶽の森の中を抜けると、

遠くから静かな波の音が微かに聞こえてくる。




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三脚を抱えて壊れかけた護岸を伝い、

海上標識を足がかりにようやく岩場に降り立つと、

そこにはただ波と風の音だけが囁き合う

黄昏の世界だけが広がっていた。




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背後の森影に茜色の雲が空を幾重にも流れていく。

見渡す限り、人の姿はない。

まるで見知らぬ惑星の海辺に取り残された気分だった。

日暮前に、こんな外れの海岸へなど誰もやってはこないのだ。




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彼方には溶鉱炉のように燃え盛る眩い坩堝が、

空を染める蒼の世界に別れを告げようとしていた。

その最後の残照が岩場に点在する潮溜まりを染めて、

尖ったコントラストを浮かび上がらせている。




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誰もいない海辺に立ち、

ひとりファインダーを覗き込む私の周囲で、

時間はゆっくりと速度を落とし、そして止まった。

所在のない不安と形のない安堵が足下に揺らめいている。

理由は分からなかった。




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ただ永遠という、あまりに馴染みのない概念が

恐ろしいほど間近に息を潜めているのを感じただけだった。




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# by amboina | 2010-09-12 17:11 | 八重山