Amboyna's Color

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幻の馬

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それは突如として始まった。

鮮やかな紫の頭巾に白装束、袖をまとめた赤い襷。

腹には馬頭を括り付けた珍妙な出立ちの男たちが

賑やかな音楽と共に軽快に踊り舞っている。




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腹の馬頭に結んだ手綱を雄々しく掲げ、

馬に跨がった武士の姿を模して時に激しく、進んでは退き、

威声をあげては宙を舞う数十人の男たちの影。




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彼らが御する幻の馬の口がいなないた。

見えない後脚を蹴り上げ、

在るはずのない鬣が島の風に揺れる。




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男たちはその荒馬を自在に乗りこなし大地を跳ね、

雄々しい掛け声と共に意気揚々と喝采の中を進む。

嵐を押しのけ、陽射しを呼び込んだ庭の芸能が

やがて幕を下ろそうとしていた。




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その最後の瞬間を見守る天に祈りを返すように、

男衆の足はひときわ高く上がり

幻の馬とともに軽々と宙に舞い上がった。




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by amboina | 2011-02-07 18:25

静かなる足音

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一声、涼しげな少年の声が走り抜けていった。

ちりん、ちりん、ちりん

その声を追うように、やがて軽やかな鈴鐘の音が御嶽の庭に響き渡る。




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一足一足、歩みを刻みながら

賑やかな芸能に湧いた緑の広場へ、静々と羽織袴姿の男たちの姿が進み出た。

短い掛け声と突如鳴り響く鋭い太鼓の音に、

ざわめく会場はしばしの静寂に沈み込む。




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大人達は威風堂々と、

白い鉢巻をきりりと締めた子供達も凛々しく太鼓を掲げ、

しっかり前を見据えている。




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単調に、しかしはっきりと

邪を払うかのような十七個の太鼓は鳴り響き、

幾度も共鳴しては静寂の隙間に呑み込まれ消えてゆく。




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やがて僅かな太鼓の残滓と

大小の足音だけを芝生の上に残し

男たちの隊列は夢のように通り過ぎていった。




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降り注ぐ10月の陽光の下

御嶽の木陰からレンズを通して見つめる私の目に、

彼らの赤い襷は痛いほど眩しかった。




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by amboina | 2011-02-01 10:37 | 八重山

天と大地に吹く風

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晴れやかで高らかな声が跳ねる。

笑顔を輝かせた女性達が軽やかに緑の広場へと歩み出し、

芝を踏む沢山の足音が楽の音と重なり合った。




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八重山上布で織られた昔ながらの紬が映える。

手に携えた昔の農耕具やクバ笠が踊りに合わせて煌めき、

掛け声や歌とともに踊りの隊列を彩っている。




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踊られる演目はどれも、

この島に伝わる昔ながらの農耕に由来したものだ。

華やかな舞いの中には種子撒きや刈取りなど、

農作業の様子の様子が巧みに描かれ、




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その動作ひとつひとつに、決して豊かでなくとも慎ましく暮らし、

五穀豊穣を願い日々の糧に感謝して生きてきた島の人々の、

ありのままの姿が表されている。




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かつて母が踊り祖母が踊り、

そのまた祖母も同じように踊ってきた「働き者の女」の踊り。

時にユーモラスで、時に勇ましく、

取り巻く人々も互いに歌声を上げ踊りはたゆみなく続いてゆく。




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踏みならす足音は大地を讃え、

振り煽る手は天に微笑む。




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女たちが舞い跳ねる踊りの列は、

遥かな時を超えて八重山の今と昔を紡ぎ合わせてゆく

静かな祈りのように続いていった。




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by amboina | 2011-01-25 09:25 | 八重山

武神たちの舞

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荘厳な法螺貝の音が広場に轟き、

色とりどりの衣装を身に纏った男たちが緑の大地を蹴って走り出す。

銅鑼が打ち鳴らされ、連なる影が芝生の表面を流れてゆく。




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やがて一撃の気合いが炸裂する「棒」の演目が会場を圧した。




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鋭い眼差しが相手を見据え、

間合いをはかり対峙する武者たちのシルエットが

幾重にも陽射しの中で揺らめいている。




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やがて乾いた打音が広場に響き渡った。

剣と剣、棒と棒が激しく打ち合わされ、

雄叫びと共に唸りをあげる薙刀が疾風のごとく足下を払う。




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気迫を込めて振るう剣と繰り出す棒。

吹き出す汗が伝う武者化粧の下に、いつもの親しい島人達の面影はない。




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底知れぬ力を秘めたその瞳の奥には、

剣風によって邪気を払い祭りを清める武神の魂が

静かに宿り灯っているように感じた。




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by amboina | 2010-11-28 15:03 | 八重山

謡いの庭

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いつしか昨夜からの細雨が止んでいた。

同時に島を貫く神の道の彼方から遠雷のような銅鑼の音が、

大きく小さくうねりながら近付いてくる。




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間近に迫った芸能の支度に追われる人々と

詰めかけた来島者の喧噪が入り交じる御嶽の庭に

落ちた木々の影がゆっくりと濃さを増してゆく。




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やがて「道歌」を朗々と詠いながら、

神々の名代である神司を先頭に参詣を終えた行列が

木漏れ日の落ちる広場へと進み入ってきた。




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詠いは「庭歌」へと変わり、迎え踊る人々と道往きの人々。

その双方が互いに手を打ち鳴らし、声を限りに歌を合わせ、

ゆっくりと共鳴しながら大きな螺旋を描き練歩いてゆく。




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若者も老人も、男も女もその螺旋の中でひとつに混ざり合う。

その顔々には無事今日の祭りを迎えた晴れ晴れとした喜びと、

年に一度の日に向き合う静かな緊張がみなぎっている。




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ひときわ高い銅鑼の音を合図に人々の螺旋は解け、

男衆と女衆が向きあう二つの壁となって広がり向き合った。




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緑の庭の中央、人々はそれぞれに天高く両手を宙に舞わせ、

寄せては返す波のように大祭の始まりを祝い踊る。




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歌声は雲を払い天へと駆け上り、

輝きを増しはじめた青空の隅々を埋め尽くし

何処までも高く広がっていった。




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by amboina | 2010-11-12 01:02 | 八重山

夜の鼓動

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夜のしじまを縫うように細かな雨が舞っている。

夕刻から広がりはじめた分厚い雲が、

空から月と星の気配を覆い隠していた。




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更けきった夜の集落に、いつもは響いてくる楽の音はない。

かわりにさざめく人々の足音が砂道を慌ただしく通り過ぎてゆく。




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種子取祭本番を明日に控えた己丑の日の宵。

島の定められた各々の場所では仕込みと呼ばれる

奉納芸能の最終リハーサルが静かに始まろうとしていた。




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雨戸や襖などの仕切りを取り外された一軒の古民家。

煌煌と照らす明かりの下に衣を正した島人達の姿が浮ぶ。

居並ぶ村の長老や主事が取り巻くその座敷の中央では、

畳を踏みならし声を張り上げる人影が勇壮な口説や狂言を舞い踊っている。




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決して長くはない時間、演者は長い時間積み重ねてきた修練の粋を披露し、

長老達はそのひとつひとつを吟味し、細かな感想を付け加えてゆく。




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庭には落ち着きなく出番を待つ者、

仕込みを終えて安堵の一息をつく者、

互いの出来を批評し合い、

明日の不安を払うように次の仕込みに見入る者。




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そこに毎夜の練習で見かける笑顔や和やかさは微塵もない。

ただ言い知れぬ高揚感と緊張感だけが静かに座を満たしていた。




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艶やかに舞踊を舞う女性達の謡が、彼方の夜闇を抜けて響いてくる。

明日を呼ぶような、朗々としたその調べが消えてゆく空の向こう、

見上げた頬を濡らす細雨の先、手を伸ばせば届くほど間近に

まぎれもない祭りの足音は迫ってきていた。




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by amboina | 2010-11-06 16:49

しんめいなぁび

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裏庭の片隅。

石積み塀の壁脇で朱色の炎が閃いていた。

ドラム缶を切り出した錆だらけの火炉の上には

巨大な鍋が据え置かれている。




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表の庭では何升もの餅米が計られ、

器となる「はまゆう」の茎を剥き、

御盆台に油を塗るなど着々と準備が進んでゆく。




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島の祭りには欠かすことができない供え物。

「イイヤチ」と呼ばれる家族総出の餅作りが始まるのだ。




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大鍋が煮立ち、大量の餅米が湯の中に沈むと、

矍鑠とした手がゆっくりとそれを混ぜ、神妙に火加減を見極める。

経験豊かな老母の目が、もう何十年もそうしてきたように

炊き合わせる黍や小豆を入れる頃合いを見計っていた。




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ふんわりとした米の香りが辺りを漂ってゆく。

やがて老母の合図で表の庭に運ばれた大鍋を

船の櫂にも似た木べらを手にした男達が囲み、

寸刻も逃さぬとばかり、声を合わせつき捏ねはじめる。




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皆が声を合わせていた。

家の者も、通りかがりの見物客も、そして私でさえも。

威勢よく捏ね上げられた餅は冷えて固まらぬうちに器へと盛られ、

楽しげな女達の手で瞬く間に形を整えられていく。




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お裾分けにと渡された餅の残りを手に、ふと屋内を覗くと

宿の老夫婦が無邪気に言い争いながら餅を切り分けていた。

縁側では子供達が鍋の底に残った餅煎餅を美味しそうに頬張っている。




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見上げる空には怪しい雲が広がり、雨の気配は濃い。

それでも微かに漂う燠火と餅の香りに包まれて、

私は早くも祭りの空気の中にしっかりと、足を踏み込んでいるのを感じていた。

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by amboina | 2010-10-28 12:09 | 八重山

神々の舵音

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遠い海鳴りのように、

島に祭りの気配が充ちはじめる頃。




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祭場となる御嶽とその庭は丹念に掃き清められ、

新しい浜砂が敷かれ、幕舎が張られ、

凛とした空気がゆっくりと研ぎすまされてゆく。




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夜ごと公民館や集落集会場で繰り返される

奉納芸能の稽古も熱を帯び、

若者達の威勢の良い掛け声と

長老達の指導の声が高らかに夜空へと響き渡る。




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一年で最大の、そして島にとって最も大切な祭りが

すぐ目前に迫りつつあった。




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深淵から沸き上がるような神然とした空気。

寄せては返し、吹いては止む波や風のように、

高鳴り静まり、また膨らんでゆく高揚感。




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待ちわびながらも、畏れ。

畏れながらも焦がれる祭りへの情熱が、

行き交う島人達の顔に溢れている。




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今夜も集落の近く遠くから、太鼓の音が響いてくる。

大きく小さく、擦れながらも止まないその音はまるで、




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遠い常世の国から海を超えてやってくるという、

来訪神達の船の舵音のように聞こえた。




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by amboina | 2010-09-29 19:24 | 八重山