ふこらさーゆー
八重山の離島に移住した友人がいる。
外資系IT企業の職を捨て、恋人と別れ、生き甲斐だったバンド活動も辞めて
ただひとり、大都市から人口60名弱の過疎化が進む島に移り住んだ。
もともと沖縄と音楽が大好きで、琉球民謡にもどっぷり浸かった男だった。
「いつかは沖縄で暮らしたい」
そんな夢みたいなことを口にしていた男だった。
そんな男が数年前の初夏に八重山を旅した。
年に一度開催される離島の音楽祭に参加するためであったが、
その帰りの船の中で彼はもう移住を決心していたという。
彼はたった一度訪れただけのその島に魅せられてしまったのだ。
はじめてその移住話を聞いた時、私をはじめ周囲は大反対だった。
初めての土地への移住というのは容易なことではない。
ましてや沖縄の離島で生活するなど至難の業だ。
せめて一年ないし二年は地元で猛烈に働き資金を貯め、
充分に計画してから行っても遅くはないだろう、と忠告した。
しかし決断してからひと月半後、
彼は呆れるほど見事に身の回りを整理して島に渡って行った。
見送った我々には整理の着かない心配だけが残った。
その年の夏の終わりに、私は彼に会いに件の島へ渡った。
驚くほど何もない静かな島で、彼は毎日島の魚を釣り干物を作っていた。
次の年、干物を作っていた会社はなくなり、彼は無職となっていた。
「自分で作った店で商売がしたい」
見事に漁師焼けした顔を綻ばせて、彼は明るく夢を語り笑った。
はたして数ヶ月後、三たび訪れたこの島で私が見たのは、
掘建て小屋のような飲食店を自力で作り上げ、
見た目は悪いが抜群に美味しいピザを作って暮らす、
元気で幸せそうな彼の姿だった。
窓辺の特等席でそのピザを味わいながら、
私は彼の語る新しい夢の計画を背中で聴いている。
そして邪推な心配と説教を、見事に結果で返してみせた彼を
どこか腹立たしく、そして誇りに感じていた。
あぁ、また文章が長くなっちゃった…
この男のことを書き始めたらいくらでも書けます。
やることは無鉄砲で無計画なのに、妙に人から好かれ美人にばかりモテます。
人間のネットワーク作りの天才で、もしかしたら何も考えていないんじゃないかと
疑うほどバイタリティに溢れた最高の男です。
観光客の減ったこの時期は石垣島に出稼ぎに出ていますが、
もうじきあの島(鳩間島)に戻ることでしょう。
八重山諸島の鳩間島に行かれる皆さん。
ぜひ観光のついでに、彼の店「ふこらさーゆー」へいらしてください。
鳩間の港が一望できる絶景の掘建て小屋で味わう、生オリオンビールと島ピザは
ほんとうに腹が立つほど美味しいんですよ。
〈後日附記〉
まことに申し訳ありません。
いろいろな事情(ほんとうにいろいろ複雑な事情)で
現在、彼の店「ふこらさーゆー」は閉店しております。
残念ですが、おそらく鳩間島での再開はないと考えて良いでしょう。
偉そうに紹介しておきながらすみません。
運命はまだ彼に試練を与え足りていないようです。
by amboina
| 2010-06-02 10:23
| 八重山