嵐の夜
空港が閉鎖され飛行機の発着が停まり
離島へ向かう最後の高速船も欠航すると、
台風を待つ島は完全に孤立した。
そうなると島に残った者がしなければいけないことは限られてくる。
風に飛ばされそうなものは片っ端から縛り付け、
雨戸を締め切った家の中に閉じこもって
亀のようにじっと嵐が過ぎるのを待つ準備を整えるのだ。
昼を過ぎ、大粒の雨が降ってきた。
本格的な風とともに断続的に激しく屋根と雨戸をたたき続ける。
やがて雷鳴とも地鳴りともつかない轟音が島を包み込んだ。
今年最大規模に発達した台風の中心は
まぎれもなく、この八重山諸島の間近まで迫っているらしい。
夜更け前、苦労して固く閉じた雨戸をこじ開け
不適な笑みをたたえた島人が顔を覗かせた。
今や雨風の地獄と化した外の様子をまるで気にするでもなく、
手に持った重そうな網をぐいと差し出す。
「風裏の浜でスル(キビナゴ)を穫ってきたから、食べろ」
何食わぬ顔でそう言い放ち
来たときと同じく唐突に嵐の中を去っていった。
巨大な手が島をつかみ、力任せに揺さぶっているようだ。
赤瓦が軋み、遠くから木々の折れる音も聞こえてくる。
今や圧倒的な自然の力が小さな島を薙ごうとしていた。
突如、警報を出し続けていたテレビのニュースが灯りと共にプツリと消えた。
潮が混じった海風に電柱の変圧器がやられてしまったらしい。
ロウソクとランタンを灯しただけの薄暗い屋内で、
残されたラジオの台風情報に耳を澄ませながら
風の音と蒸し暑さに堪える長い夜がこうしてはじまった。
私がもろに体験したこの台風は、
2008年9月に台湾と先島諸島を襲った台風13号(シンラコウ)です。
935hPaの勢力を保ったまま、人が歩くほどの速度で東シナ海を進み
島中の緑と電子柱と変圧器をいくつか剥ぎ取っていきました。
そんな台風のさなかでも島の人は意外とのんきです。
上で書いたように、ルンルンと魚を掬いに行きますし、
家では避難してきた親戚の子供達がかけずり回ってなんとも賑やかでした。
しかし嵐が最高潮に達すると、縁の下に吹き込んだ風のせいで
座敷の畳がバタバタと浮き始めたのには、正直度肝を抜かれました。
噂では風でたわんだ雨戸が窓ガラスを割る事もあるそうです。
翌日の島は見事に丸坊主。
緑という緑が吹き飛んで、とても見晴らしが良くなっていました。
盛大な後片付けを手伝い、次の台風がやって来る前に島を去ると、
帰った地元にはなんと、再び台風13号が待っていました。
どうやら足の遅い台風を飛行機で飛び越してしまったようです。
同じ台風を2000km隔てて二度味わうというのも、
なかなか得難い体験には違いありません。
by amboina
| 2010-06-11 01:03
| 八重山